誤飲義歯の摘出に関する説明不足

最終更新日 2009/07/25

DscyOffice Top

当サイトの御利用上の注意

 

 

◆平成14年4月26日判決言渡平成13年(ワ)第7414号損害賠償請求事件

★ 主文

1 被告は、原告に対し、113万円及びこれに対する平成10年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し、その1を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
4 この判決は、第1、第3項に限り、仮に執行することができる。

★ 事実及び理由

# 第1 請求
被告は、原告に対し、172万7760円及びこれに対する平成10年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

# 第2 事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、被告の開設するB市立病院の医師が、原告に対し、@原告が誤飲した義歯を内視鏡的処置により摘出する際、器具の操作を誤り、操作器具ないし義歯を食道壁に食い込ませた結果、原告は、緊急開腹手術を余儀なくされたこと、A緊急開腹手術の可能性などについて事前に説明しなかったことを理由に、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を請求している事案である。

1 争いのない事実等
(1) 原告は、平成9年5月14日に設立した株式会社Dを経営する者であり、被告は、埼玉県B市eh丁目i番地jにおいて、B市立病院(以下「被告病院」という。)を開設しており、E(以下「E」という。)、F(以下「F」という。)及びG(以下「G」という。)(以下、これらを総称して「被告病院医師」という。)は、平成10年4月当時、被告病院に勤務する外科の医師であり、Eは外科部長、Fは10年程度の経験を有する医師、Gは3年の経験を有する医師であった(争いのない事実、甲C3、乙A9、証人G、原告本人)。
(2) 原告は、平成10年4月18日、夕食中に上顎左部分の義歯を飲み込んでしまい、同月20日の午後から、時々、胃に不快感を感じるようになった(甲A1、乙A1、2、原告本人)。
(3) 原告は、被告病院に対し、同月21日午前9時ころ、「義歯を飲み込んでしまった」旨電話で連絡した上で、同日午前10時40分ころ、同病院外科外来を受診した。Eは、原告に対し、原告の胸部を撮影したレントゲン写真を示し、内視鏡による操作(以下「内視鏡的処置」という。)によって義歯を摘出する旨告げた。その際、Eは、原告に対し、内視鏡的処置で義歯を摘出できなかった場合には開腹手術が必要となること及び内視鏡的処置の際に緊急手術が必要となることがあることについて説明しなかった(争いのない事実)。
(4) Eは、Fに対し、原告が誤飲した義歯について、内視鏡により摘出するよう依頼した。これを受けて、同人とGの二人が、原告に対し、同日午後1時ころから同日午後2時ころまで、内視鏡室において、当初は異物鉗子を利用し、その後スネアを利用して、内視鏡的処置を繰り返し行ったが、義歯を摘出することはできず、スネアに義歯を引っかけて、義歯を胃から食道に引いてくる際、胃と食道の接合部において、義歯のブリッジを食道壁に食い込ませてしまった(当初異物鉗子を利用し、その後スネアを利用した事実及び義歯のブリッジ(クラスプ?)を食道壁に食い込ませた事実については、後記第3、2(1)、その余の事実については、争いのない事実と甲A1、乙A7)。
(5) Eは、同日午後2時ころ、義歯のブリッジが食道に食い込んだ旨の報告を受けて、スネアの操作を行っているワイヤを切断して、内視鏡だけを引き抜くとともに、原告に対する開腹手術を行うよう指示し、原告に対し、無理にスネアのワイヤを引き上げると、食道壁を裂断する状況にあることを説明し、ワイヤの残りを小さく巻いて、原告の頬にテープで固定した。原告は、手術の準備ができ次第すぐに開腹手術を行う旨説明され、横になったまま内視鏡室から処置室に運ばれた(争いのない事実、乙A8、9、なお、スネアの点は後記第3、2(1))。
(6) その後、Fが、原告に対し、同日午後4時40分ころから午後7時15分ころまで開腹手術を行い、義歯、スネア及びワイヤを摘出した(以下「本件手術」という。)(争いのない事実、乙A1)。
(7) 原告は、同日から同年5月8日まで被告病院に入院し、同日退院した(争いのない事実)。

2 争点
(1) 被告病院医師において、原告に対し、内視鏡的処置を行うに際し、説明義務違反があったか否か。
(2) 被告病院医師は、内視鏡的処置に際し、操作器具を食道壁に食い込ませたか。また、被告病院医師が、操作器具ないし義歯のブリッジを食道壁に食い込ませたのは、過失と評価されるか。
(3) 損害額

3 争点に関する当事者の主張

(1) 争点(1)(説明義務違反)について
(原告の主張)
ア 誤飲した義歯を摘出する内視鏡的処置を行う場合、内視鏡的処置を行う必要性及び内視鏡的処置を行った場合、操作器具ないし義歯が胃壁ないし食道壁に食い込むなどして、緊急の開腹手術が必要となる可能性があることなどを患者に説明した上で患者の同意を得るべきであるが、Eは、原告に対し、誤飲した義歯を内視鏡的処置で取る旨を説明しただけであり、自然排出を待つ場合には腸管穿孔の危険性があることや義歯を取り除くには、内視鏡的処置と開腹手術の2つの方法があり、内視鏡的措置が負担が少ないこと、操作器具ないし義歯が胃壁ないし食道壁に食い込むなどして、緊急の開腹手術が必要となる可能性があることなど全く説明せず、上記義務を怠った。
イ Eは、原告から、本件義歯の形状、大きさ等の説明を受け、さらに、レントゲンによって自らこれを確認したのであり、本件義歯が食道壁等に食い込む可能性を判断し、予見し得る立場にあったし、前記説明をすることにさしたる時間も要せず、複雑な内容の説明となるものでもない。
ウ 本件では、原告において、義歯を直ちに取り出さなくても、差し迫った腸管穿孔の危険性があったわけではないから、内視鏡的処置の際に起こり得るリスクの説明を受けていれば、原告は、いつ内視鏡的処置を受けるかを決定することができたし、緊急の開腹手術による入院によって生じる仕事や家庭生活における混乱を回避することができた。
(被告の主張)
ア Eは、まず、患者への負担が小さい内視鏡的処置により義歯を摘出することとし、内視鏡的処置により摘出できない場合には、開腹手術の必要があることを説明した上で、開腹手術を行うことを考えていた。このように侵襲の少ない治療法から次の治療法に移るという判断は適切であり、いきなり開腹手術を行うことは考えられないから、当初の段階において、開腹手術の可能性を説明する義務はない。
イ 本件のように内視鏡で摘出を試みた結果、義歯が食道壁に引っかかり、その結果としてさらにスネアが抜けなくなるという事態は、極めてまれな事態であり、事前にこれを予測して説明しなければならない義務はない。
ウ 本件内視鏡的処置は、準緊急処置としての必要性があったのであり、開腹手術の可能性を説明していれば、内視鏡的処置を行う時期を選択することができたとする原告の主張は理由がなく、いずれにせよまずは内視鏡的処置を行うのが適切であり、被告病院医師において、自然排出の場合の腸管穿孔の危険性を説明した上で、開腹手術と内視鏡的処置の得失を説明したとしても、原告は、まずは内視鏡的処置を希望したと考えられるから、原告の自己決定権は侵害されていない。

(2) 争点(2)(内視鏡的処置における過失の有無)について
(原告の主張)
Gが、三又鉗子を用いて義歯本体をつかもうとしたとき、鉗子の先が合わさらず、変形した鉗子の爪が食道壁に食い込んでしまい、同時に義歯も、食道壁に押し付けられたようになり、鉗子を抜くことも動かすこともできなくなってしまったものであり、Gは、無理な器具の操作によって、鉗子及び義歯を食道壁に食い込ませたのであって、内視鏡的処置の際に医師に課される注意義務に違反した。
なお、義歯が食道壁に食い込んだ際にGが使用していた器具は、三又鉗子であってスネアではない。
(被告の主張)
本件においては、当初Fが、二又鉗子を使用して義歯の摘出を試みたが、義歯をうまくつかめず、つかめても義歯を胃と食道の接合部まで引いてくると、落ちてしまい、これを2、3回繰り返したが同様であった。そこで、器具をスネアに代えて、Gが、スネアによる内視鏡的処置を行ったところ、スネアが義歯のブリッジにうまくかかったため、これを引いてきたら、スネアをかけたブリッジとは反対のブリッジが食道壁に食い込んでしまった。これをはずそうとして、内視鏡を下方に押したところ、今度はスネアをかけた側のブリッジが食い込み、押しても引いても動かない状況となった。このような状態では、義歯をはずそうとしてスネアに無理な力を加えると、義歯のブリッジが引っかかった食道壁が裂けてしまう可能性が高いため、内視鏡操作を断念
せざるを得ないと判断し、Eが、スネアのワイヤを切断して、内視鏡を除去したものである。
以上によれば、被告病院医師は、三又鉗子を使ったことはなく、義歯のブリッジを食道壁に食い込ませたことについては、内視鏡的処置を試みることによって不可避的に生じた事態であり、Gの操作ミスではなく、操作手技に当たり何らの義務違反もない。

(3) 争点(3)(損害額)について
(原告の主張)
原告は、被告に対し、以下のとおり、合計172万7760円の損害賠償請求権を有する。
ア 慰謝料(100万円)
原告は、本件医療事故により、予期せぬ開腹手術、入院、通院を余儀なくされ、また、事故発生時には、被告病院医師から、鉗子のワイヤを引き抜くと食道が裂断する状態なので絶対に動かさないようにと注意を受け、口でワイヤをかんで押さえたままでいることを強いられるなど、多大な恐怖、精神的ショックを受けたものであって、その精神的損害を慰謝するには少なくとも100万円を要する。
イ 治療費(9万7760円)
被告病院入院費(自己負担分)17万4600円、診断書作成料4090円及び外来治療費(平成10年5月10日1830円、同月13日200円、同月14日360円、同月21日200円、同月26日2690円の5回分)合計5280円から、健康保険組合からの還付金8万6210円を控除すると、治療費実負担額は9万7760円となる。
ウ 証拠保全費用(13万円)
検証物を撮影する技術補助者に支払った費用である。
エ 弁護士費用(50万円)
証拠保全手数料20万円、訴訟着手金及び報酬金30万円の合計額である。
(被告の主張)
原告の主張する損害は争う。

# 第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(説明義務違反の有無)について
(1) 当事者間に争いがない事実及び証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア(ア) Eは、原告に対し、内視鏡的処置を行うに当たって、レントゲン写真によって義歯が原告の胃にあることを確認して、「内視鏡で摘出してみましょう。」と言っただけであり、自然排泄を待つことの危険性について説明を行わず、胃にある義歯を取り除くには、内視鏡的処置と開腹手術の2つの方法があること、内視鏡的処置で取り除くことができない場合、開腹手術になること、義歯が胃壁ないし食道壁に食い込んだ場合、緊急の開腹手術が必要になって、入院しなければならないことなど全く説明をしなかった(乙A8、証人E、原告本人)。
(イ) Eは、内視鏡的処置で義歯が胃壁ないし食道壁に食い込んで取れないことがあること、摘出時に義歯によって食道壁が損傷を生じる場合があることを認識していた。また、Eは、内視鏡的処置で義歯が取れない場合には、当日に原告に対し開腹手術をするつもりであったが、その時点で開腹手術について説明すればよいと考えており、事前に手術や入院の説明をする必要はないと考えていた。また、内視鏡的処置で取ってしまえば、合併症は起きることはないから、自然排泄を待つことは危険であることも説明する必要はないと考えていた(乙A8、証人E)。
(ウ) さらに、Eは、医療法に規定されていないから、インフォームドコンセントは、我が国では標準ではないと考えており、本件手術後、原告に対し、その旨を表明した(争いのない事実、証人E、原告本人)。
イ(ア) 原告は、被告病院に対し、平成10年4月21日午前9時ころ電話で何科を受診したらよいかを尋ねた上で、同日午前10時40分ころ同病院外科外来を受診し、レントゲン撮影を行った後、午前11時過ぎころEから内視鏡的処置によって義歯を摘出する旨告げられ、同日午後1時ころから内視鏡室において、ネクタイをはずしただけのワイシャツ姿でベッドに横になり内視鏡的処置を受けた(争いのない事実、甲A1、乙A7、原告本人)。
(イ) 原告は、同日午後2時過ぎころ、Eから義歯が食道壁に食い込んだこと、開腹手術を行って義歯を取り出す旨を告げられ、同日午後3時ころ、妻と長男を被告病院に呼び寄せ、同日午後4時40分ころから午後7時15分ころまで開腹手術を受けた(争いのない事実、甲A1、乙A1、証人E、原告本人)。
(ウ) 原告は、Eから内視鏡的処置で義歯を取ると言われただけで、他に何の説明も受けなかったので、開腹手術を受けることや当日入院に至ることを予想しておらず、内視鏡的処置を受けた後帰宅して、会社に戻り仕事をする予定にしていた(甲A1、原告本人)。
ウ(ア) 胃内に移動した異物のうち、80パーセントは、肛門から安全に自然排出されるが、異物の長さが5センチメートル以上ある場合は、一般的に内視鏡的処置によって除去するのが通常であるところ、本件において原告が誤飲した義歯は、長さ約5.5センチメートルであり、しかも、両端などに金属のブリッジがついていた(甲A1、B4、6)。
(イ) 義歯などの鋭い尖端を持った不定形異物は食道穿孔の危険性が高く、致命的となり得るので早急に摘出すべきであり、自然排泄の際、腸などで穿孔を起こすと、腹膜炎を発症し、致命的となる場合がある(甲B5、乙A8、証人E)。
(ウ) 胃内に誤飲した義歯が存在する場合で、内視鏡下に摘出を試みたがうまくいかなかった場合、開腹ないし開胸手術により義歯を摘出したとの症例報告が存在し、また、内視鏡による摘出が困難な場合には、無理をして食道の損傷が拡大することがないよう、場合によっては開胸下での摘出を考慮するべきであるとする文献が存在する(乙B1、3)。
(2)ア 前記(1)ウに認定した事実によれば、原告が誤飲した義歯は、長さ約5.5センチメートルで、両端などに金属のブリッジを有する不定形異物であったから、自然排泄の際に、腸などで穿孔を起こすと腹膜炎を発症し、致命的となる場合があるから、内視鏡的処置によって除去するのが通常であると認められるし、また、内視鏡的処置は、開腹手術より患者に対する侵襲の程度や負担が少ないのは明らかであるから、被告病院がまず内視鏡的処置によって、原告の義歯を取ろうと試みた措置は妥当なものであった。
イ(ア) ところで、医師は、患者の疾患の治療のために手術又は処置を実施するに当たっては、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術又は処置の内容、手術又は処置に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。
(イ) これを本件においてみると、内視鏡的処置を行うに当たって、原告が飲み込んだ義歯の大きさ、形状からして、自然排泄を待っていては危険性があること、胃にある義歯を取り除くには、内視鏡的処置と開腹手術の2つの方法があること、内視鏡的処置で取り除くことができない場合、開腹手術になること、内視鏡的処置を行う場合、義歯が胃壁ないし食道壁に引っかかる可能性があり、その場合、緊急の開腹手術が必要になって、入院しなければならないことを説明すべきであったといわなければならない。
医師における上記のような説明を受けて、患者は、自己の責任において内視鏡的処置を選択することができるし、また、内視鏡的処置の結果生じる危険性も認識し、それによって生じる事態にも対処できることになる。
(ウ) しかるに、前記(1)アに認定した事実によると、Eは、我が国においては、患者に対する説明義務は標準とされていないとの独自の見解に基づき、原告に対し、内視鏡的処置を行うに当たって、「内視鏡で摘出してみましょう。」と言っただけであり、その他の説明を一切行っていないのであり、これにより、前記(1)イに認定したとおり、原告は、当日において開腹手術を受けることや入院に至ることを認識しておらず、内視鏡的処置を受けた後帰宅して、会社に戻り仕事をする予定にしており、ネクタイをはずしただけのワイシャツ姿という気軽さで内視鏡的処置を受けたのであるが、内視鏡的処置の際に義歯のブリッジが食道壁に食い込むという事態を受けて、原告の予想もしなかった緊急開腹手術と当日からの入院を余儀なくされたのであり、Eに説明義務違反があったことは明らかである。
(3)ア ところで、被告は、まずは内視鏡的処置を行い、それが奏功しなかった場合に、開腹手術を行うのが合理的であるから、当初の内視鏡的処置を行う段階においては、開腹手術の可能性までも説明する必要はないと主張する。
しかしながら、前記(2)イ(ア)に判示したとおり、医師は、患者に対し、手術又は処置を行う前に、実施予定の手術又は処置の内容、手術又は処置に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失などについて説明すべき義務があるのであるから、被告の主張はそれ自体失当であるし、また、本件においては、特に、内視鏡的処置を行った際に、義歯が食道壁ないし胃壁に食い込んで緊急手術を余儀なくされたことについて、事前に説明すべきであったか否かが問題となっているのであり、この点においても、被告の主張は問題を異にしており理由がない。
イ 次に、被告は、そもそも義歯が食道壁に食い込み、その結果スネアが抜けなくなることは予見不可能であったから、内視鏡的処置を行うに当たって、そのことを説明する義務はないと主張する。
証拠(証人E)によれば、Eは、スネアが抜けなくなることまでは予見していなかったことは認められるが、しかし、前記(1)ア(イ)に認定したとおり、内視鏡的処置で義歯が胃壁ないし食道壁に食い込んで取れないことがあることを認識していたのであり、その場合においても、開腹手術が必要になると考えられるから、予見不可能を理由に説明義務はないとする被告の主張は認められない。
ウ 被告は、内視鏡的処置が準緊急処置としての必要性があったことから、原告において内視鏡的処置の時期を選ぶことができなかったし、緊急手術の可能性を説明していようといまいと、原告は、内視鏡的処置をまず選択したと考えられるから、原告の自己決定権を侵害していないと主張する。
しかしながら、原告が被告の説明いかんにかかわらず内視鏡的処置を選択していたとの被告の主張は、説明義務違反と損害との因果関係の問題であって、原告の自己決定権を侵害していないとの被告の立論自体採用することはできない。
また、前記のとおり、義歯が胃から腸に送り出されると、腸などで穿孔を起こす危険性があったことが認められるが、本件全証拠によるも、それゆえに、原告に対し、入院等の心構えや準備をさせる時間を与えることができないほどに、直ちに内視鏡的処置を行わなければならない緊急性があったと認めることはできない(原告は、内視鏡的処置を指示されてから、待合室で2時間ほど待たされている。)し、原告が、内視鏡的処置の結果、緊急開腹手術となり、入院が必要となる可能性について説明されていれば、それに応じた仕事の整理等を指示し、入院の心構えや準備をした上で、内視鏡的処置を受けることができたと考えられるのであり、この点において原告は被告から適切な説明がされなかったことにより精神的損害を被っていると認められるのであり、この点に関する被告の主張も認められない。
(4) 以上によれば、被告病院医師において、原告に対し、内視鏡的処置を行うに当たって、説明義務違反があったと認められる。

2 争点(2)(内視鏡的処置における過失の有無)について
(1) 食道壁に食い込んだ物は何か。
原告は、Gは粗暴な操作により、内視鏡的処置の際に使用する器具である三又鉗子を食道壁に食い込ませたと主張し、原告本人も、モニターにより内視鏡的処置を見られる場所におり、実際にモニターを見ていたところ、三又鉗子が食道壁に食い込んだと陳述(甲A1)ないし供述している。
しかしながら、証拠(甲A4、乙A1、2、5(枝番も含む。)、7、9、証人G)によれば、Gにおいて、義歯のブリッジを食道壁に食い込ませたときに使用していたのはスネアであること、義歯のブリッジが原告の食道壁に食い込んだ結果、義歯に引っかけて固定していたスネアが義歯から抜けなくなったことが認められる。
なお、原告本人は、三又鉗子を使用していることをモニターで見ていたと供述しており、証人Eにおいても、本訴提起前の原告に対する説明について、三又鉗子を使用したかどうかについてあいまいな供述をしていることからすると、被告病院医師において、スネアを使用する前に三又鉗子を使用した可能性がないではないが、そのことは前記認定を左右するものではないし、また、被告病院医師の過失の判断に関係する事実ではない。
(2) 本件内視鏡的処置に際し、義歯のブリッジを食道壁に食い込ませた過失の有無ア 証拠によれば、以下の事実が認められる。
(ア) FとGは、原告に対し、平成10年4月18日午後1時ころから同日午後2時ころまで、内視鏡的処置により義歯を摘出しようとした。当初、Fが、鉗子操作を、Gが内視鏡操作をそれぞれ担当し、Fが二又鉗子を操作して、義歯の摘出を試みたが、二又鉗子で挟んだ義歯を食道と胃の接合部まで引いてくると、義歯が落ちてしまい、摘出できず、これを3、4回繰り返したが、摘出できなかった。そのため、Fは、器具を二又鉗子からスネアに替えて、義歯の摘出を試みたが、摘出することができなかったため、GがFに代わって鉗子操作を行った。Gが、スネアを義歯のブリッジの片方に引っかけ、これを外へ向かって引いてくると、食道と胃の接合部で、スネアのかかっていない側の義歯のブリッジが食道壁の粘膜に引っかかってしまい、それ以上引っ張ると食道壁を損傷させるので、スネアを反対側に押して、食道壁の粘膜に引っかかった義歯を外し、再び外へ向かって引いてくるという操作を数回繰り返したが、やはり義歯のブリッジを食道壁の粘膜に引っかけてしまい義歯を摘出することができなかった。さらに、Gは、スネアによる摘出を試みたところ、スネアのかかっていない側の義歯のブリッジが食道壁の粘膜下層にまで食い込んだほか、スネアを反対側に押して義歯を食道壁からはずそうとしたこところ、スネアのかかっている側の義歯のブリッジも食道壁に食い込ませてしまったため、食道壁を損傷することなく、スネアを動かすことができなくなってしまった(甲A4、6、7、乙A1、5(枝番も含む。)、9、証人G)。
(イ) Fは、10年程度の経験を有する医師であり、一方、Gは、3年の経験しか有しない医師であり、内視鏡で異物を取り出した経験も2、3例を有するにすぎなかった(前記第2、1(1)、証人G)。
(ウ) 義歯のブリッジが食道壁の粘膜に食い込むだけでは、自然に治癒するので、特段の治療を行う必要はないが、本件においては、義歯のブリッジは、食道壁の粘膜下層まで食い込んでいた(乙A1、証人G)。
(エ) 義歯を摘出する場合、ブリッジが食道粘膜に深く刺入している場合があり、引き抜く方向によっては食道の損傷を拡大するので、経験ある施行者によって行われるべきであり、内視鏡により摘出するのが困難な場合には、食道壁を傷つけるおそれがあるから、無理せずに開腹又は開胸下で手術するものとされている(乙B1、3)。
(オ) 被告病院において、平成10年4月18日午後1時4分から同日午後2時4分までの間、原告に対する内視鏡的処置の状況についての写真を撮影しているが、その写真ではいずれも、胃内の義歯の状況、鉗子及びスネアの操作状況、義歯が食道壁に食い込んだ状況等について明確な撮影がされていない(乙A7、証人G)
イ 上記に認定した事実によれば、医師の経験を3年しか有しておらず、内視鏡で異物を取り出した経験も2、3例を有するにすぎなかったGが、Gよりも経験を有するFに代わって、スネアによる義歯の摘出を試み、義歯のブリッジが食道壁の粘膜に引っかかり食道壁を損傷させるので、それ以上スネアを引っ張ることができないという状態を数回繰り返していたのに、スネアによる義歯の摘出を続けて、最後に義歯のブリッジを粘膜下層まで食い込ませ、さらには、スネアのかかっている側の義歯のブリッジも食道壁に食い込ませてしまい、義歯のみならず、それにつながっていたスネアをも取り出すことができずに、緊急開腹手術が必要になるという事態を生じさせたというのであり、文献上も経験ある施行者によって義歯の摘出が行われるべきであるこ
と、内視鏡により摘出するのが困難な場合には、食道壁を傷つけるおそれがあるから、無理せずに開腹又は開胸下で手術するものとされていることなどが指摘されていることを考えると、原告の義歯のブリッジを食道壁の粘膜下層にまで食い込ませ、義歯及びスネアをも取り出すことができずに、緊急開腹手術が必要になったという事態を生じさせたのは、経験の浅いGにおいて、スネアの無理な操作をした結果であると認めざるを得ず、Gには過失があったと認められる。
(3) よって、内視鏡的処置において、被告病院医師の過失が認められる。

3 争点(3)(損害額)について
(1) 慰謝料
被告病院医師には、説明義務違反及び内視鏡的処置における過失が認められるが、原告は、被告病院医師から十分な説明を受けていたとしても、侵襲度の少ない内視鏡的処置を選択したと認められること、内視鏡的処置により義歯を取り除くことができなかった場合、原告には当然に開腹手術が必要となること(本件全証拠によるも、Gが注意義務を尽くしていれば、義歯を内視鏡的処置により摘出できたとまでは認められず、前記2に判示したところは、被告病院医師が内視鏡的処置で義歯を胃から取り出さなかった点を過失としたものではない。)から、原告に対し、開腹手術及びその後の入院が必要となった点について慰謝料を認めることはできず、まず、上記説明義務違反及び内視鏡的処置における過失に基づく原告に対する慰謝料は、原告に対する説明が十分に行われていなかった結果、原告が自由な意思決定権の行使として、内視鏡的処置及びその処置の時期を選択できなかった点、本件内視鏡的処置を受ける際には予期していなかった緊急開腹手術と入院を余儀なくされたことに求められるところ、前記1(1)イ及び証拠(甲A1、C3、原告本人)によれば、原告は、当日において開腹手術を受けることや入院に至ることを認識しておらず、内視鏡的処置を受けた後帰宅して、会社に戻り仕事をする予定にしており、ネクタイをはずしただけのワイシャツ姿という気軽さで内視鏡的処置を受けたのに、内視鏡的処置の際に義歯のブリッジが食道壁に食い込むという事態を受けて、原告の予想もしなかった緊急開腹手術と当日からの入院を余儀なくされ、原告において、精神的に不安を感じ、また、原告が経営する株式会社Dの仕事にも支障が生じたことが認められる。
また、前記1(1)イ及び第2、1(5)並びに証拠(甲A1、原告本人)によれば、義歯のブリッジが食道壁に食い込んで義歯とスネアを取り出すことが不可能になった際、原告は、スネアの操作を行っているワイヤを切断されて、内視鏡だけを引き抜かれ、口から出たスネアのワイヤの残りを小さく巻いて、頬にテープで固定され、義歯のブリッジが食道壁に食い込み、それにつながったスネアとワイヤーが口、食道内に入ったままの状態で、しかも、ワイヤーが動くと食道壁を引き裂く状況にあるので動かさないように注意され、同日午後2時過ぎころから開腹手術が行われた同日午後4時40分までの間待機させられたことが認められるのであり、この間、原告は、多大な恐怖や痛みを覚えたと認められる。
さらに、前記のとおり、被告病院の外科部長であるEは、原告に対し、内視鏡的処置を行うに当たって、「内視鏡で摘出してみましょう。」と言っただけであり、その他の説明を一切行っておらず、説明が十分に行われていないことは明らかであり、また、当初予定した内視鏡的処置が奏功せずに、義歯を食道壁に食い込ませ、緊急開腹手術が必要な事態になって、患者である原告に対し不安を与えたことは明らかであるのに、Eは、自己及び被告病院の足りない点を省みず、患者である原告の不安な気持ちを思いやることもなく、原告に対する事前の説明が相当であったと証言するばかりか、原告に対し、名誉毀損で訴えるなどと不相当な陳述ないし証言をしていることが認められる(乙A8、証人E)。
以上に判示した事情を総合考慮すると、原告に対する慰謝料としては80万円が相当であると認められる
(2) 治療費
弁論の全趣旨によれば、原告は、治療費等として9万7760円を自己負担したことが認められるが、前記(1)のとおり、原告は、被告病院医師から十分な説明を受けていたとしても、侵襲度の少ない内視鏡的処置を選択したと認められること、内視鏡的処置により義歯を取り除くことができなかった場合、原告には当然に開腹手術が必要となることからすると、上記治療費をもって、相当因果関係のある損害と認めることはできない。
(3) 証拠保全費用
一般に、医療事故に伴う損害賠償請求訴訟を提起する場合においては、病院側の所持するカルテ等を証拠保全することは、当然に必要であると解されるところ、証拠(甲C1(枝番も含む。))によれば、原告は、証拠保全の際のカルテ等の謄写に要する技術者への支払費用として13万円を支出したことが認められるから、同金員は、被告病院医師の過失により生じた損害と認められる。
(4) 弁護士費用
原告が、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起と遂行を依頼したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の内容、上記の損害額の合計が93万円になること等を総合考慮すると、被告の負担すべき弁護士費用としては20万円が相当である。
(5) 合計
以上によれば、被告は、原告に対し、金113万円を賠償する義務を負う。

4 結論
以上によれば、原告の請求は、不法行為に基づき、金113万円及びこれに対する本件不法行為の日である平成10年4月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし(なお、原告の債務不履行に基づく請求についても、前記3に認めた金員を超える部分については、理由がない。)、主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第34部